John Zorn / The Crucible
Naked CityやPainkillerものよりも聞きやすいのはパットンのボイスが群を抜いてすばらしいのと、録音技術の進歩によるところが大きいように思う。このレコーディングセットで過去のNaked Cityの演奏を再録音してもらえれば自分は全部購入するだろう。
Moonchild路線による前作「SIX LITANIES FOR HELIOGABALUS」でイクエモリによる電子音や女性コーラスによる音響要素が演奏に加味されていたりブレイクに使われていたりしたのに対して、本作ではジョンゾーンのサックスもしっかり聞ける、地獄から届いたようなベースとドラムやパットンのボイスも聞ける。1曲目では東欧風メロディに乗せて「ダーダーダバディダーダー」などと歌のようなものが聞ける。4曲目ではマークリボーのギターとブレイクに挟まれるパットンの絶叫が良い。5曲目のゾーンのサックスとパットンによるサックスの声帯模写のような掛け合いがステレオで聞けるあたりが良いと思っていたらその後のすべて破壊するようなドラム、ベース、叫び、叫び声に似たサックスの応酬がすばらしい。あと、最後の曲で途中パットンが大きく息を吸い込んでからの再びの轟音で幕を閉じる本作は現代のジャズ好き、ロック好きの方々に聞いていただきたい作品である。
AU / VERBS
重層的な展開に次ぐ展開が幾たびも聞くものを高揚させます。
アニマルコレクティブと比較する方がいらっしゃる。アニマルコレクティブとは楽器も音も違うので比較される理由は一部のメロディにあるのだろうと思われるが、最もな理由は爆発的に売れたアニマルコレクティブの名前を比較対象に出すというだけで売れ行きがあがるという本国の文化・経済市場の現状にあるのだろう。
本作は幸福なメロディーのエントロピーをサーフするコーラスや、壮大なドローンが底抜けに美しい。1STアルバムが「エビに衣付けて油で揚げて天つゆ付けたらもっとうまいですやろ!」(ここでエビがお得意のコード進行の比喩であり、油はそれに付随する楽器で、天つゆは天ぷら専門のつゆであり、そのコードに合ったある意味意外性の無いつゆであると言える)のような聞き応えで合ったのに対し「エビ以外の食材も用意してますし、そのまま食べてもらっても、なんやったら塩付けてもらっても美味いですよ!」みたいな展開があって飽きないのである。
Pink MoonNick Drake
ニックドレイクの最高傑作ピンクムーン。
しなやかに魂を揺さぶり、意識を鷲掴みにされる、そんなアルバムである。
装飾をそぎ落としたシンプルな内容の歌詞は混沌の思考を乗り越えた末の言葉であるから美しい。
体の内側から湧き水のようにあふれ出る歌声がまるで麻薬成分を含有しているかのごとく魅了する。
現代の大衆感覚とかけ離れた音楽であるが、まさに現代人の大衆感覚について日々疑問を感じている方々はにはとても素直に美しいと感じていただけるのではないかと思う。
ギターとボーカルを通して精神世界を見事に表現した永遠の一枚である。
Heart FoodJudee Sill
恥ずかしながら、私はJudee Sillの1stを聴き、これ以上のアルバムは無いだろうと高をくくっていたのであるが、先日、Heart Foodという所謂2ndアルバムを聴いて度肝を抜かれた。
本当に素晴らしい音楽というものは世の中にあまり無いが、これは自信を持って薦められる。良い。2曲目の「The Kiss」などはもうかなり良い。泣く人も沢山いると思う。最後の曲も素晴らしい。これは驚愕してまた泣く人もいると思う。
所謂アシッドフォークとカテゴライズされるものの素晴らしさとは、まるで目の前で歌っているような幻覚的な歌声の存在感と、曲の浮遊感に尽きると思うが、それらを構成するために必要なコーラス、ディレイやリバーブ使い、オーケストラのストリングスなどが完璧なこのアルバム。言うまでも無く、ジュディ・シルの声が聴く人の心を鷲掴みにするような力を持っていることがこのアルバムを名作とする最たる要因であることは間違いない。
とにかく最高です。聴いてなかったらほんとに損です。精神世界のマスターピースです。私ランキング現在一位です。
ParallelogramsLinda Perhacs
The Wild Place
最近我が国において男子は髪と髭とを伸ばし放題にし、女子は今にも乳房を放出しかけん程の際どい布切れに身を包み、男女ともに我こそ最も危険思想を持つ人物である最強のダダイストであるというような空気を振りまきつつも、自分の友人に対しては基本ピース、環境問題などにも興味関心がある振りをし、自然を求めエコロジーの旗を掲かげ集団で入山し大音量でシーンに黙殺されたトランスと言う音楽を聴き森川をメタメタに汚しては素知らぬ顔で都会に戻りやっぱ自然は最高などど嘯く。一歩外界に足を踏み出せば前述したような人間がゴロゴロと街中に溢れ、これは非常に憂慮すべき事態であると思った。
話は変わって一曲目の「Chimacum Rain」。
絶妙のリバーブ処理。生き物のようにキュルキュル言うエフェクト音が非常に素晴らしい。ボーカルにかかるディレイがドリーミー。全てが素晴らしい。
とにかく聞いてなかったら損です。
降神(おりがみ)降神(おりがみ)
Temple ATS
何で今更これ、と思う方も居るかも知れぬが、本日、東大にて行われたKOMAMORPHOSEというイベントに行き、先程帰宅したところである故、降神についての新鮮な感想を書けるだろう、という事情がこちらにもある。
会場に着いた途端、この会場の音響設備は酷く、音量、音質、全てにおいて最下級のシステムであることが窺い知れた。
2mach crewというアーティストが演奏をしていた。彼らはその名前からも分かるとおりToo Machな行動、言動を売りとする青年達であろうか、観客に水をかけたり、ステージ上で暴れたり、というパフォーマンスを行っていた。
次に登場したのがTemple AtsのDJ二人組みで彼らはハウストラックにスクラッチやサンプリングしたネタを載せるといったパフォーマンスであったように思う。トラックが彼らの曲だったのか否かは定かではないが。
彼らのDJが終わり周囲に人が沢山やってきた。
私を押しのけて油くさい男子が割り込んできた。クラブイベントやライブなんかに行くと斯様な事がが多々ありとてもうっとうしいものである。
私の後方にきたレイブなんかにも行って遊びますよ風の肌の浅黒い女子二人組みの会話内容が耳に割り込む。
彼女達はとにかくオリガミヤバイヨネー、と何度も言ってはキャッキャと騒いでいた。ファンであるようだった。
そうこうしている間にDJ Shunがターンテーブルを操るスクラッチ音が会場に響く。
そのときであった。
私の後方に居た女子二人組みが、やばいよねー、あはははやばいー、きゃっきゃっと騒ぎ出した。DJ Shunのスクラッチ音にまるで愛撫されるかのように彼女達はヤバイヤバイを連呼し、それはまるで星崎未来ちゃんがヤバイヤバイを連呼するような有様であったから私は純粋に音楽どころでは無くなり、もやもやしていたら、そうこうしているうちに志人氏登場。流石の彼であった。只、いつもと比べて飛距離はどうか。数分後なのるなもない氏が登場した事に皆が気付かなかったのはマイクが入っていなかったからで、モニターは入っていたのか本人は気付かぬ様子であった。ライブはトラブルから始まった。ラッパーは二人とも数回噛んだ。また、私のビートが欲しいという切実な願いもタイミング良く叶えられることは無かった。妙なタイミングでトラックが途切れたのは機材の不調であろうか。後ろの女子二人は相変わらず要所要所にてヤバイヨネーヤバイのフレーズを連呼し、そのヤバイがリリックやトラックと共鳴するわけも無く単に耳障りなヤバイを聞かされ続け損をした気分であったが、何処へでもいけるが何処から来たか忘れてはいけないよ、の台詞にここまで来た甲斐もあったかと思い、それからというもの、女子二人組みが曲に合わせて自らも非常に中途半端に歌う様を半ば敗北の心持で聞いていた。
同じ場所に居合わせた方がもしこの文章を読んで気を悪くされるような事が有るかも知れぬがその際は感想などをコメントいただけると有り難い。
帰り道にJelの
Soft Moneyをipodで聞いて帰った。アンチコンクルーの音楽を聴く時のような安心した気持ちでTempleクルー迎えられる日が何時か来るだろうかと一瞬思ったが、そんな日を私は待っておらず、もっとイルな降神を見たくて東大まで足を運んだのかも知れぬと思いながら長い地下鉄への階段を下りた。
Judee SillJudee Sill
water
ああ、愛しきジュディーシルよ、あなたの美しい魂は既にこの世の中に無い。
そう思って私は涙した。
私が生まれるよりも早くにあなたはあの世に逝ってしまった。
あなたと時代を共有したかった。
ああ、あなたの美しい肉体を破壊したあの白い粉。その塵は私の住む国にも円盤に乗ってやってきて、とても美しい景色を見せてくれた。
そこではじめて出会ったあなたにもう会えないと知って私は絶望と同時に希望を抱えた。そんな不思議な体験。ダサメの韻。
はじめて知った偉大な存在に出会った時にそれはもうこの世に無く、実際に会う事はできないのだと知って愕然とした気持ちと、これからはこのすばらしい音楽にいつでも随意に触れる事ができるといった喜びが同時に押し寄せてきたという訳である。
これほどまでに素晴らしい一枚。人生の一枚。
ああ、白い雲の上で至福のいっぷく。
あなたがもしこの世に希望を持てずに背を向けたくなった時、そんな時に心の中でジュディーにちょっと歌ってや、たのんます、なんて言ってから彼女が重い腰を上げる様子を真似するように、あなたも少しだるそうにしながら針を落とす。そしたらきっとこうおもうよ。
ああ、あちらへ逝ってもジュディーがいるから安心だな。
どうせいつかは自分も逝く。
そのときまでは頑張ろう。
やったろう。
ありがとう。
なんて青臭い事もどんどん言えるような。ふざけきれない壮大なオーラをまとった最高なアルバムです。
こんな作品には滅多に出会えません。
実際に涙し胸うたれた数少ない作品、本当にオススめです。
closerPlastikman
mute2005
Plastikmanは最近でもDVD付きのミックスCD
De9: Transitions + Dvdをリリースしたりして有名なあのリッチーホウティンの別名義である。
初めて
DE9: Closer to the Editを聞いた瞬間から私は彼の虜になったわけであるが、この今作「closer」が発売された当時、嬉しそうにすぐさまCDを購入、帰宅し傾聴、何だかリッチーが遠くへ行ってしまった様に感じた、つまり、一瞬引いた覚えがある、といったカンジダ。
それほどまでに「closer」のクローザーっぷりは凄まじく、ミニマルの新境地とはよく言ったもので聞いている自分まで何だか小さく、心が小さくなって行き、4曲目「Disconnect」あたりで完全に「もうリッチーに持っていかれた!」と気付いた時すでに遅し、7曲目「pingpong」辺りからは心落ち着く自室が見たことも無い様な谷底に変わり果てよくもリッチーやってくれたな。初めて聞いてから少しの間、恐ろしくて聞くことが出来ずにいたこの作品とも今では仲良くやっています。
ぜひともご自分持ちうるベストのリスニング環境で聞いてください。
Kosmischer PitchJan Jelinek
scape 2005
前作「
Loop-finding-jazz-records」はジャズのレコードをサンプリングソースとし、それをDSP加工し、良質のマイクロハウスへと再構築した作品であったが、そのコンセプトは解説を聞かなければ分からない。
主とする表現媒体のために他の表現媒体を使用する、という行為は現代美術などによく用いられる手法であって、例えば一見して何の形を形成しているのか全く分からぬオブジェのような物体を見て、意味が分からずにぼけっとしていると何やら横に解説のようなものが記してあり、それを読むと作者がこれを制作するに当たって考えた事やオブジェの造形の意味するところなどが見て取れ、もう一度先ほどのオブジェに目をやると、何故だか美しいと感じてしまうというのは非常に浅ましいような気がする。
現代において、オリジナルなモノの考え方や思想というものは中々存在しない。私たちが生まれるまでにたくさんの同じ人間が生まれていろんなことを考え続けてきたからである。それでも自分が唯一無二の存在であることを望み、オリジナルな表現を模索する人々は今も後を断たず、非常に細やかな網の隙間を掻い潜って突拍子もないことを考え、それが如何に些細なことであっても真にオリジナルであると認められた場合には絶賛される、金を儲ける。
こんな図式は矢張りあまり美しくなく、どこが美しいか自分では気付かぬが何となく美しいと思えるものが良いのではないかなと私は思う。恋愛においても相手の年収、家柄、センスなどその人に付随する物事に拘泥する女性がドラマや映画で美しく描かれない社会情勢を見てもこの意見は正しいように思える。
「Kosmischer Pitch」の独特の風合いは淡白にループするサンプルの上を時代感に逆行したような緩い電子音や生楽器が、泳ぐといった感じである。
はっきり言って私は何が良いのか今だに分からないが、自分が中毒的に「やっぱりKosmischer Pitchは良かった」と思うという事は、最終的に、何となく自分はこれを好き、ということになって結果、冒頭からの考察を参考に、Kosmischer Pitchはけっこういい。ということになると思うのです。
formulaRyoji Ikeda
BOOK+DVD 2002
一度やってしまった事を反省してその一度で辞めるのではなく、二度、三度とその行為を重ねるにつれそれぞれ一つずつにかかる重みを分散するような効果がある。
一体何の話かというと、至極私的な自分自身の話なんですが、このサイトを始めるにあたっての決め事として自らに課した事柄があり、それは音楽CDというカテゴリだけに限定して感想文を書いていく、というものであった。
なぜか。わが国におけるネットワークと情報量の膨大化は留まる所を知らず、短縮、もう一言で言うと無茶苦茶です。この無茶苦茶な状況を自分の部屋と仮定し、ちょっとそこで暮らしてみる。私は丁度一時間半で嫌になって、次の日には完全に白旗を揚げ助けを求め、殆ど鬱状態であった。
と、心の旅、深海に敷かれたネットワークケーブルに潜り込み、張りぼてとはいえ全世界を知ったような気持ちになり、右手のネズミ、震えるマウス。
つまり、滅多矢鱈に情報の錯綜するウェブ上で自分は一貫性を、イデオロギーって奴を持っていなけりゃ立ってらんない、と思ったから音楽CDだけって事にしたんです。しかもジャンルも絞って。
がしかし、前回紹介させていただいたチームアメリカが自分的にとてもよかった。笑った。泣けた。感動した。そういう経緯で自戒を解き、今回は冒頭に述べたように重量の分散化を行おうという次第である。
と、ここまで全く池田亮二と無関係の話でやってきた。
私は何とかここまでの話題と本題「formula - Ryoji Ikeda」との共通点を見出すべく無い知恵を捻った。
ここまで書いてきて実際問題、眠い。睡眠欲によって多少の無理をしてでも早く終わらせたいなあ、という心持ちになっているのである。
やってみようではないか。
池田亮二は膨張する情報量に対するアンチテーゼ、反定立としてサイン波を用いた。
DVD+BOOKといった構成の本作「formula」を聴聞する。
2001年恵比寿ガーデンホールでのコンサートでの模様。巨大スクリーンに映し出される映像は池田の放つ音に同期するようプログラミングされている。耳をつんざく様なサイン波達。まるで好きな食べ物のように心地よい音達は僕らの仲間で、海底ケーブルの中身とは真逆の世界だった。
現代音楽とか、IDMとか言われるような分野ではヒット曲が殆ど存在せず、リリース行為によって一曲の持つ責任サイズを小さくし、アーティストのぼんやりとした輪郭をデザインし、プロモーションする、そんな行為が一般的であるように思うが、こと池田さんに関しては例外で音楽と決別した覚悟の様なものが垣間見れて潔いのである。コンサートには本人出演しない、というか、客席の後方でライブを終始やってのけた。
この「formula」シリーズの公演を今年もやるという噂を聞いた。
この行為には(冒頭に戻って2行目まで。)。。。
結果失敗。虚構は終わり。めげずに。
池田亮二全作とてもお勧めです。戦慄いたしますが、発狂の一歩手前で踏みとどまる優しさも兼ね備えた作品ばかりです。是非御傾聴ください。